ドラッグスター250

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9月 292014
 

先日、愛車のバイクとさよならしました。
社会人になりたての頃、がたまたま通りかかったバイク屋で出会った運命の一台でした。
アメリカンな中古の黒いドラッグスター250というバイクです。
私はその時、原付に乗っていたのですが、わざわざこれに乗る為に免許をとりに行ったのです。

ようやくGETして高速道路に乗った時はひたすら感動しました。
自動車で高速に乗ってもそんな感動は味わえないと思いますが、原付からのステップアップでその世界の違いに興奮したものでした。

ただ、自爆事故一回、あと何度か取り回しで倒したりして足を怪我したりして、修理も結構しました。

その後、引越しをすることになって関東に住むようになってから自動車とバイクの両方を所有するのが厳しくなってとうとうバイクを手放すことに。

バイクを処分するのは悲しくてたまらなかったけど、出張買取をしてくれるバイク屋さんに来てもらって、査定してもらいました。

事故車という事で、買いたたかれるかと思い、事前に事故バイク買取に関する相場情報などをネットで調べていましたが、買取りの方はとってもいい人で、事情を聞いて修理個所を隅々までチェックしてくれました。

バイク、とっても大事に乗ってるねと言ってもらえてなんだか報われた気がしました。

買取金額も、「え?いいんですか?」という額で、その価格より、廃車ではなくちゃんと買ってもらえて次のオーナーに乗ってもらえるんだという事の方がうれしくなにました。

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エンドロールDVD

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3月 122014
 

姉が結婚したのは約2年前になります。
当時、結婚式の場所でもめていました。
姉と彼の実家、親戚共に地域がバラバラだったので呼ぶのが大変ですごく困ったのです。
そして結果、結婚式は二人だけでしてこいということになりました。
そうなると二人で自由にできることになり、いっそ新婚旅行がてら海外挙式をしちゃおうということになりました。

姉は元々海外挙式って憧れていたので、場所はグアムにしました。

岬に建つチャペル、眼下に広がる青い海。
すごい絶好のロケーションでした。
教会の窓は海に向かってガラス張りになっていて、みごとな青い空がみえました。
日本ではみられないなんとも言えない深い青です。
海の青もすごくきれいで、それをうつした空がすごく素敵でした。
そして時間が午後四時からということで、式をしていくうちに少し夕暮れの色になり、
ブルーとオレンジのまざった不思議なピンクのような色の海と空が本当に素敵でした。

姉はオーダーメイドのロングドレスを着て旦那さんと二人気兼ねすることなく式を楽しみました。

プランにリムジンで送り迎えがついていたので初めてのリムジンに載って、ホテルに着くと、日本の友人と私からのプレゼントのDVDがボーイさんから渡されました。

それは、私たちが依頼して作ってもらった結婚式のエンドロールです。

姉たちは、部屋の大画面テレビでこれを見て、とても感動したと言っていました。

インドで傭兵としてパキスタン軍と対峙してた時、遠くから歌が聞こえてきた。

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6月 022012
 

インドで傭兵としてパキスタン軍と対峙してた時、遠くから歌が聞こえてきた。
知らない言葉の歌だったが味方じゃないことは確かなので銃をそちらに向けたとき、上官に殴り飛ばされた。
何がなんだかわからなかったが不思議なことに、パキスタン側でも銃声がやんでいた。
歌声の主は数人の年寄りで、われわれに気づかないのか旗を持って一列で歩いてきていた。

われわれ側もパキスタン側もその数人のお年寄りが通り過ぎて見えたくなるまで一発の銃弾も発射しなかった。
結局その日から2日間は戦闘は再開されなかった。
停戦命令も出ていないのにどうして戦闘がやんだのかわからずに、上官に聞きに言った。

その年寄りたちが歌っていたのは日本の軍歌で持っていた旗は日の丸だということを聞いた。

その話を聞いてその夜は泣いた。
ものすごく泣いた。

その年寄りたちは第二次世界大戦で死んだ戦友を弔いに来ていたのだと知った。
こんな危険地帯なのに、第二次世界大戦から何年もたっているのに、戦友を弔うためにこんなところまで来てくれる人たちがいることに涙が出た。

あとから知ったが、パキスタン側もそれが日本人でかつてインド(パキスタン)独立のためにイギリス軍と戦った人たちだと知って敬意を表して戦闘を中断したそうだ。

この半年後、傭兵を辞めて日本に留学した。
たくさん勉強して日本語の読み書きも覚えた。
何年もたって、日本のお酒が飲めるようになって、サクラを見ながら飲んでいたとき、サクラの花びらがコップに入った。
それを見て急に涙が出てきた。
あの年寄りたちのことを思いだした。
日本人が本当にうらやましい。

 Posted by at 1:53 PM